究め道

色々感じた事を書くブログです

終戦の日なので

去年も同じ日に載せましたが、今日は終戦の日という事で

通勤時の道路の風景はいつもと違って

至る所に警察の警備がなされていました。

自分が信号待ちしている時に

隣の右折レーンに極右の車が停まって、

警察が直進させない様にバリケードを設置するなど

この日がそういう人たちが最も活動的になる日でもあり

それに応じて少し物々しい雰囲気になる日ですね。

 

通勤時のラジオで「祖父母の昔話を聞いた事があるか?」というテーマでしたが

終戦の日という事もあってその様な話題を聞きたいのだろうか?

という感じで聞いていました。

リスナーの投稿を聞いていて思ったのは

自分自身が幼少期に祖父母から昔の話を聞けなかったなぁという事ですね。

中学生の修学旅行時に語り部の人から戦争の話を聞きましたが、

祖父母がその頃に生きていたのは知っていましたし

幼心に怖かった当時の話を聞くのはいけないことだと思っていたので

昔の話は聞こうとしていませんでした。

リスナーの投稿の中には、話したがらない祖父母の方もいらっしゃったので

当時の恐怖を思い起こさせる行動はしない・させないというのも

1つの答えだと思います。

 

ただ、昨今のウクライナ情勢を見ると

戦争の過酷さを改めて感じてしまいますし

嫌な記憶として刻まれる事は間違いないのですが、

同時に「こうなってはならない」という戒めの為に

語り部だったり祖父母に当時の事を聞くのは

決して間違った行動ではないんだろうな、とも思います。

こういう悲しい事を自ら飛び込んでいくのは

とてもエネルギーのいる事だと思いますが、

何故そんな事をするのか?という事を考える上で

貴重な話である事だと思うので

知りたいと思う人はそういう方に話を聞いてみるのも良いと思います。

 

日本は敗戦国なので余計に悲しさが際立つ部分がありますが、

命を懸けた戦いというのは避けたいですし、避けてもらいたいですね。

スポーツの様な戦いであればOKですが、

スポーツを通じて自身の強さを示す国もあるので

何とも言えない部分があるのも事実ではありますがね。

 

そもそも人間の知能が高いが故の行動でもあるので

自業自得な部分もある訳ですが。

人間というのが如何に業が深い動物であるか、という事ですね…