自分の業界の話と社会の情勢を比べてみて
似たものを感じる部分もあれば世の中の常識とは異なる事もありますよね。
以前から言われているのが人手不足という話ですが、
我々の街中でも外国人労働者が当たり前に働いている光景は
人手不足が世の中で主張され始めた当初と比較すると
抵抗感がなくなっているのではないか?と感じます。
今でも労働者に対して不当な要求をしたという類のニュースを目にしますが
彼らの多くは『稼ぐため』に来日しているので
労働に対する意欲は総じて高いと思っています。
経営者側が法令順守をしていれば、彼らのマンパワーを必要とし
且つ適切に場所を提供するというのは互いを助け合う行動になる
と個人的には思っています。
一方、彼らに向けられる視線というのは日本人に対するものとは異なりますよね。
日本人は元々諸外国の人が地理的に入りにくい事も起因していますが
よそ者を歓迎する風潮がないところは未だにあります。
だからこそ、労働者である彼らが日本に溶け込もうとする姿勢があるかどうか
というのは日本人にとっては無視出来ないポイントではないかと思っています。
何かあった際にすぐにいなくなってしまう人なのか
骨をうずめる覚悟で来ているのか。
その違いは言葉が通じなくても態度で分かるものです。
日本人も自身の頭脳をアップデートしているので
馴染もうとしている人に対しては日本人でなくても
好意的に受け止めているのではないかと思います。
ただ、祖国の人間が日本国内で法に触れた行為をした際に
日本人が国単位で嫌悪感を示す事も賢い人は知っています。
なので、そんな人たちは仕事場だけでなく普段の生活から気を付けているのです。
自分自身も生活の為に来日して働いている方を雇っている身なので
そういったところにまで気を配っている人を見ると
正直感心しますし、応援したくなる気持ちにもなります。
それくらい、良い人は良いのです。
以前流行った歌で人は何故か分類したがるなんて歌詞がありましたが、
カテゴライズをする事で傾向と対策を考えるのがある意味では人の常
かもしれません。
ただ、そうする事で目の前にいる人の本質が見えなくなってしまうのは残念なこと。
国や文化・背景を知る事はとても大事だと思いますが、
その人自身を見る為にはその枠組みをベースにしない事も必要だと思っています。
必要なことを必要なだけ。
この塩梅が難しかったり。
優秀な人材がいると、優劣が比較されてしまうというのも人の性。
日本人は長らく足並みを揃えて生活をする事を基軸にしていると思いますが
逆に言えば出る杭は打たれるという諺がある様に
優秀な事が仇になるケースもありますよね。
また、優秀な人材がいれば対比として「何故これが出来ないのか?」と
言われる人が出て来る事もしばしば。
人には個性があるのを承知していますが、
得意なものや苦手なものがあるのもそれぞれですし
それを全て受け入れて貰えるかどうかはまた別の話だったり。
差別は無論ダメですが、ある程度の寛容さは持っておきながら
是正すべきところには着手しなければ、と個人的には思います。
近年ではAIによって仕事の選定も為される様になっていると聞きます。
自分の業界は現地で作業を行う、というのがベースなので
ブルーカラーとは異なりますがその部分については不変だと思っています。
ただ、それ以外のところについては改善の余地はあるとも同時に思っていて
その辺りについては自身の勉強が必要だと感じています。
自分自身が頭の固い人間なので、中々手強いですけどね。
色々と載せて来ましたが、自分が言いたいのは
以前と労働環境が変わって来ている中
様々なところでスキルを要する世の中になっている、と感じます。
技術的な部分だけでなく、それを説明する言葉の選択、
相手の表情を読み取る力、状況に応じてすべき取捨選択等々。
その諸々を相手は見ていたり、自分も求めていたり。
指示された事を行う事はもとより
プラスアルファとして出来る事は何なのか。
最終的にはその人自身を見る
という重要性が以前よりも高まっているのかなと思いますね。
特定の分野のスペシャリストとして生きていくのは
現代において相当難しい世の中なのかもしれない
と思った次第です