究め道

色々感じた事を書くブログです

正論が心を壊す

生きていると、様々な場面で不条理に感じる事ってありますよね。

例えばの話ですが、自分が学生の頃は顧問の先生に怒られる際

理由がわからなかった事は多々ありました。

大人側からしたら当たり前の理由に見えるのかもしれませんが、

当事者の子供からすると突然理由もなく怒られたらビックリもする訳で。

理不尽さを感じてしまっていましたね。

仕事をしていても、相手の要望はその人によって様々なので

画一的なサービスというのはなかなか難しいものです。

特に自分の会社のような中小企業であれば、

期待に応える臨機応変さがないと他の資本力がある企業に

仕事を奪われてしまう事は当たり前の様にあるので

可能な限り対応しないと、というのはあります。

 

題にもしましたが、「正論」というのは

基本的には正しい事を言っているものです。

ただ、世の中には正しい事ばかりではない訳で。

本人は真っ当な回答をしているつもりでも、

「それが出来たらとっくにやってるよ…」なんて事は

しばしばあるんじゃないでしょうか。

 

仕事において正論ばかり言う人は正直自分にとっては疲れます。

理由はハッキリしています。

理由は「口は出すけど、手を出したり責任は負わないから」です。

言ってる事は間違っていなくても、

欲しているのはマンパワーであり助言ではない

というのが本音だからです。

そして、そういう人に限って手伝ってもらおうとすると

「それは私の仕事ではない」と突っぱねるので

だったら余計な口出すな!とイラっとする訳ですね。

 

話は少し変わるかもしれませんが、

ここ数日メディアを賑わせている某俳優の不倫騒動ですが

本来であればこういうものって当事者以外が

ギャーギャー言う事じゃないですよね。

ただ、テレビに出ている人であり、企業のCM等にも出演する身なので

イメージを損なうという意味では色々な人に影響を与えているのは事実でしょう。

なので、本人を含めた事務所が対応に追われたりするのは理解出来ますし

被害が拡大しない様に携わっている仕事関連の方が

調整に追われているのもあるでしょう。

ただ、それを外部の第三者SNS等で誹謗中傷したりするのは違うかな、と。

形を変えれば、ワイドショーの様な番組が個人の事についてあれこれ追求し

コメンテーターがコメントをするのが当たり前になってしまったが為に

素人も真似してSNS等で色々自分の気持ちを吐露してしまっているのかな

と思ったりもします。

それについては以前から個人的に愉快なものだとは思っていませんでしたが、

近年ではそのハードルがどんどん下がっている気がします。

ある意味「悪い事をしたヤツは攻撃してもOK」みたいな。

あまりに酷い誹謗中傷は訴えられるケースも出て来ましたが、

そんなものはお構いなしにアレコレ言っている人が多い気がします。

 

特にSNS系だと煽っているケースもあるのでそれは除外しますが、

メディアを含め基本的にはコメントを残す人は

「正論」を言っているんだと思います。

ただ、それは「その人の正論」であり、「その人の正義」であり

言う必要があるのか?とも同時に思う訳で。

特に対応している俳優の夫や家族は

全く関係のないところで色々と言われたり奇異の目で見られているのは

想像に難くありません。

彼ら自身が助けて欲しいと言っているのならば

手を差し伸べた方が良いとは思いますが、

そうでないのだとしたら第三者は静観した方が良いんじゃないかな、と思いますね。

各家族にそれぞれの人生がありますし、

もっと言えば個人毎に人生がある訳で。

その背景や歩んで来た道を本当に理解する事無く

状況だけ確認してサラッと言う「正論」は

到底寄り添っている様には見えないので

逆に心身のバランスを崩してしまいかねない気がしますね。

 

過去に自分の精神のバランスを崩した事があり

漸く自己分析が出来るくらいにまで回復した今だからこそわかりますが、

その要因の一つが色々言われて心が荒んでしまったということ。

そして、それは恐らく周囲の人は「正論」を言っていただけで

自分の精神を破壊しようとはしていなかったのだと思っています。

当時は聞き流す様な器用な事は出来なかったですが

(今でも出来ているとは思っていませんが)

時に"言葉"は本当に恐怖に成り得る事を知っているつもりです。

だからこそ、常に正論や正義を振りかざすのではなく

その奥に何があるのかをしっかり見極める様にしなければなりませんし

正常に判断する為に心を整えておかなければならないとも思いますね。

気分にムラが出ない様に気を付けながら

日々を過ごしていきたいところです